幸せのリスク

荒れそうな空模様

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つくづく

幸せの形って

人それぞれ違うにせよ

人は誰もが

幸せを求めている生き物かなと思います

どんなレベルであれ

人は幸せを実感したいし

幸せになりたいと思うもの

ふと

でも

実際のところ

幸せを感じたり

なんらか幸せを得るということは

同時に

その幸せが失われる可能性も

常に

ある

幸せを享受するということは

一方で

それが崩れる可能性も秘めている

ということを

ある意味

覚悟しなければならない

つまり

幸福と不幸は

表裏一体である

幸せであればあるほど

それと同等の不幸も内在している

こんなことを一度考えはじめると

う~ん

これがまた

意外とストレスなんですよね

そこまで心配症になる必要が

ないにもかかわらず

ふとした拍子に

いま実感している幸せが

反転した時のことを

想像してしまう自分がいます

まあ被害妄想とも言えますかね

って

実際に経験しないと

不幸を実感できないかもしれませんが

なんの

リアルな場面を想像しさえすれば

それだけで十分

底冷えするほどビビるものです

おっと

これは僕が実際

いま幸せを実感していて

よほど困っている

という話では

決してありませんので

誤解なきよう

まあもちろん

実感していないわけではありませんが

平々凡々たるレベルの話です、ハイ

とまあ

幸せであればあるほど

それを失う可能性があるから

その最悪の可能性を潰すには

今の幸せを放棄するしかない

いっそ幸せを求めない

はなから望まない

それこそが幸せである

な~んて

本末転倒な発想にもなりがちでして

いずれにせよ

そうした負の部分を

すべてひっくるめた上での

つまりは

リスクを孕んだ状態での

今の

幸せ

そう

幸せは常にリスクを伴う

世の中

物事は

常に

危険と隣り合わせ

リスクにさらされているわけで

でも

だからこそ

生きる価値がある

幸せを求める意味がある

闇がある分

それでこそ

生が光り輝くのかな

つくづく思う今日この頃です

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