『ゴーギャンとポン=タヴァンの画家たち展』
もう終わってしまいましたが
先日
都内へ行った合間に観てきました
新橋の汐留ミュージアムにて開催
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『ゴーギャンとポン=タヴァンの画家たち展』
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ご存じ
セザンヌ、ゴッホと並ぶ
ポスト印象派の巨匠
ポール・ゴーギャン(1848-1903)
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ゴーギャンといえば
もとは株式仲買人でありながら
パリの株式市場大暴落を機に職を辞し
本格的に画業への道を歩み始め
やがて伝統的な西洋絵画から脱し
アジア、アフリカの
神話的、象徴主義的な芸術へと目を向け
特には南太平洋のタヒチで
数々の傑作を生み出したことで知られる
稀有な画家です
…が
彼はタヒチへと移り住む前に
フランス北西部に位置する
ブルターニュ地方を
生活苦もあって度々訪れ
そこで絵画の制作を行っています
ブルターニュ地方は
独自の言語や信仰、風俗を持つ緑豊かな地で
多くの画家をはじめとする芸術家たちに
インスピレーションを与えました
中でも小村ポン=タヴァンには
ゴーギャンを中心に多くの若い画家が集まり
活発な芸術的交流が行われ
のちに彼らは
「ポン=タヴァン派」
と総称されることになります
ということで
前置きが長くなりましたが
本展は
ゴーギャンの油彩から版画、陶器など
10点を含む
ポン=タヴァン派の作品約70点を展示
う~ん
のちにタヒチで
その特異な才能を
大きく開花させることになるゴーギャンの
まさに黎明期とも呼べる
ブルターニュ時代の作品群に触れる
またとない機会
ということで
以下ザザッとご紹介
ポール・ゴーギャン《2人の子供》(1889)
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遠近法を無視した平坦な構図
バックに原色を配すなどの強い色調
子供の不機嫌な(⁈)表情と相まって
一種独特な雰囲気をたたえます
と
ゴーギャンは印象派の絵画に対して
自然に忠実すぎるという批判的な立場を示し
独自の表現を模索します
そんな中で
ベルナールら若い画家たちとの交流を通して
やがて客観的な現実と
主観による想像力とを
同じ画面構成の中で表現する手法である
「総合主義」を生み出します
ポール・ゴーギャン《2人のブルターニュ女性のいる風景》(1888)
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Vの字に曲がった道と
民族衣装の白いコアフを被った女性たち
現実でありながらも
どこか不自然な画面構成
それでいて
物語性を喚起させます
ポール・ゴーギャン《タヒチの風景》(1893)
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1891年に
初めてタヒチを訪れたゴーギャンは
以来この南の楽園の
原始の姿に魅せられていきます
まさに現実と想像が
共生する世界を
ここに見出したのでしょうか
ポール・ゴーギャン《巡礼の瓶》(1887)
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おっと
これは珍しい
ゴーギャンによる陶器
エミール・ベルナール 《会話(ステンド・グラスのエスキス、サン=ブリアック)》(1887)
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ゴーギャンと共に
「総合主義」を生み出したベルナールは
暗い輪郭線で分けられたフォルムや
奥行きのない画面構成を主な特徴とする
クロワゾニスムという様式を追求します
風景と人物たちが
ステンドグラスの縁で区切られたことによって
生まれる異化作用
モーリス・ドニ《マロンと紫陽花》(1920)
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梅雨ならぬ明るい日差しの下で
咲く紫陽花と優雅に過ごす人物たち
ポール・セリュジエ《呪文或いは物語 聖なる森》(1891)
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精霊の住む森など
神秘的なイメージに彩られた
ブルターニュの自然
赤い樹々がアクセントになっていますね
ジョルジュ・ラコンブ《森の中の3人のビグダン地方の女性》(1894)
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う~ん
3人の女性たちの神妙な様が
なんとも印象に残りましたね
というわけで
ブルターニュの豊かな自然によって育まれた
この新たな絵画表現の可能性
本展を通して
あらためてゴーギャンの凄さ
そしてポン=タヴァンを共に過ごした
他の画家たちの功績を
まざまざと実感した次第です
いやあ
大満足でした
ふと
おまけ
ゴーギャンの生涯に着想を得たとされる
サマセット・モームの小説
『月と六ペンス』
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この本は傑作でしたね
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