パウル・クレー『造形思考』
数年前
ニューヨークへ行った際に
MoMAことニューヨーク近代美術館で鑑賞した
パウル・クレーの2点
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表現主義やシュルレアリスムなどとも違う
どのジャンルにも属さない唯一無二の作風で知られたクレーは
画家であると同時に
優れた美術理論家でもありました
ということでご紹介
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1919年にドイツで設立され
美術や建築に関する総合教育を行った伝説の学校として知られる
「バウハウス」
クレーは1921年から31年までの10年間
ここに在籍し教鞭をとっていました
本書はこのバウハウス時代の論文や講義草稿を集成し
膨大な数のスケッチや作品の図版を収めた
クレーの美術理論体系書です
…が
その内容は絵画などの美術全般のみならず
自然観察、光学、解剖学、そして音楽ほか広範囲に及び
クレーの思索の泉は
とめどもなく溢れ出て尽きることがありません
いやあ
総じて優れた哲学書ですね、本書は…
ちなみにクレー自身、幼い頃からヴァイオリンに親しみ、プロ級の腕で知られていて
また詩作に励むなどして文学への関心も強く
そうした芸術的素養が
クレーの絵画に対する独自の考え方をいっそう揺るぎないものにしました
まさに本書は、そんなクレーの思いが詰まった決定版です
いわく
「芸術の本質は、見えるものをそのまま再現するのではなく、見えるようにすることである」
クレーの理念の根本を成す考え方を示した言葉ですが
彼は「造形」に対する独自の考え方の持ち主でした
何より
「カオス=事物の秩序のない状態、入り乱れた状態から、徐々に、突然に秩序づけられた宇宙が形成される」
というプロセス
それは表現としては白から黒へという運動であり
「ひとつの極から他の極への微妙な流れという、ごく自然な意味において、それは秩序づけられている」
といいます
そうした宇宙における自然の秩序という流れ
いわば「運動」をどのように形作るか
それを「形態(=フォルム)」ではなく
「造形」「形成」という観点から思考していったのです
言い換えると
結果や解決としての「形態」ではなくて
発見やプロセス、生成や成長としての「形成」ということになります
その上でクレーは
「灰色が、生成と死滅にとっての運命的な点」
と規定
「灰色は黒でも白でもない…
空間の上方にも下方にも存在しない…
あるいは上下いずれにも存在する…
それは暖色でも寒色でもない…
次元を持たぬ点として、つまり多次元の間に位置する点として存在する…
そしてここに宇宙の契機が含まれている」
とします
さらに
クレーの説く造形思考の中核をなす考え方として
「両極性」「中間領域」があります
いわく
「反対概念のない概念は考えられない
反対概念があるから概念がはっきりする…
概念はそれ自身としては存在しない
多くは一対の概念があるだけだ
たとえば「下」を想定しない「上」というものがあるだろうか?
また「右」がなければ、なにを一体「左」と呼ぶのだろうか?
「前」のない「後」とはなんだろうか?
それ故、すべての概念は、反対概念を想定している
たとえば命題ー反対命題のように、この間のーは長かったり、短かったりして、対立度の大きさいかんに応ずるわけである
対立するものの位置は固定したものではなく、両者の間は流動する運動だといってよい
固定しているのはただ一個の点、中心点だけであり、種々の概念は、そのなかにまどろんでいる
同一水準で対立する二点は(中心点に関しては)相対的に固定している」
としています
こうした考えのもと
クレーの作品の多くは具象と抽象の「中間領域」にあって
また同時に
具象と抽象という「両極性」の緊張関係の只中に均衡を見出すのです
と
つくづく
これはまさに
「共生」
を表していますね
ここで
自作に対するクレーの考察を
ちょっと長いですが
以下に引用
◎クレー《婦人と流行》(1938)
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接近も分散も有機的で、調和的でなければならない。
本質の等しい事物が混って複雑なものが生ずる個所では、わたしたちはとりわけ慎重でなくてはならない。ここにこそ、自由、奔放、あるいは最大の芸術的効果を得る可能性が与えられている。失敗するのは対立しあっている無縁の事物の効果、または価値がうまく選択されていないからである。ことに、それらの価値が互いに重なりあったり、並びあったりしてあらわれる個所で、失敗が起る。
単純さのなかにもまた、豊富さはありうる。であるから、単純であるという勇気が与えられる。
単純なものは秩序の点でも、事物や事物のあらわれ方の点でも、よく見通せる。わずかなものを持って、精神的に多くのものを創造すること。」
なるほど
本書はこんな調子で
独自の造形論を専門的で難解な表現で延々と説いていきまして
かなり難しい部分も多々ありますが
本書を読み進めていきながら
つど写し出されるクレーの作品やデッサンなどを
つらつら確認しながら見ていくと
ふと
クレーの意図や目指す表現
言わんとしていることが
徐々に、なんとなく伝わってきます
完全に理解することは正直叶わないですが
その深淵なる思想の一端に触れることはできるかなと
自負する次第です
というわけで
パウル・クレーが遺した『造形思考』
いやあ
あらためて本書は
天才芸術家の創作の秘密を余すことなく論じながら
多くの示唆を含んだ
まさに指針を成す名著ですね
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