堀川惠子『透析を止めた日』
ふぅ
読み始めたら
最後まで一気に読んでしまいましたね
って
読んでいる最中に
不覚にも涙が溢れてきちゃいました…
2024年刊行の医療ノンフィクション
『透析を止めた日』
↓↓↓
著者は
ジャーナリスト、ドキュメンタリー・ディレクター、ノンフィクション作家の
堀川惠子(1969-)
以下、Amazonの解説文を転載
↓↓↓
「私たちは必死に生きた。しかし、どう死ねばよいのか、それが分からなかった」
なぜ、透析患者は「安らかな死」を迎えることができないのか?
どうして、がん患者以外は「緩和ケア」を受けることさえできないのか?
10年以上におよぶ血液透析、腎移植、再透析の末、透析を止める決断をした夫
その壮絶な最期を看取った著者による、息をのむ医療ノンフィクション
<序章>より
「夫の全身状態が悪化し、命綱であった透析を維持することができなくなり始めたとき、
どう対処すればいいのか途方に暮れた。
医師に問うても、答えは返ってこない。
私たちには、どんな苦痛を伴おうとも、たとえ本人の意識がなくなろうとも、
とことん透析をまわし続ける道しか示されなかった。
そして60歳と3ヵ月、人生最後の数日に人生最大の苦しみを味わうことになった。
それは、本当に避けられぬ苦痛だったか、今も少なからぬ疑問を抱いている。
なぜ、膨大に存在するはずの透析患者の終末期のデータが、死の臨床に生かされていないのか。
なぜ、矛盾だらけの医療制度を誰も変えようとしないのか。
医療とは、いったい誰のためのものなのか」
<目次>
序章
《第一部》
第1章 長期透析患者の苦悩
第2章 腎臓移植という希望
第3章 移植腎の「実力」
第4章 透析の限界
第5章 透析を止めた日
《第二部》
第6章 巨大医療ビジネス市場の現在地
第7章 透析患者と緩和ケア
第8章 腹膜透析という選択肢
第9章 納得して看取る
献体――あとがき
…
となっています
本書は
透析治療を受けながら
闘病生活を続ける夫に寄り添い
自ら介護に携わり
最期を看取った著者が綴る
壮絶なドキュメントです
夫の仕事への飽くなき情熱と信念
妻である著者の献身的な介護
愛情に満ちた2人の絆が
壮絶な闘病生活を支え
度重なる困難を乗り越えてきた
その一部始終が
克明に記されていて
いやあ
感銘を受けずにいられませんでしたね
その上でなお
終末期を迎えた透析患者が辿る
出口の見えない過酷な状況に
絶句するほかなく
何かと考えさせられることしきりでした
その上で
本書の第二部では
透析患者の行く末に光を見出す
いくつかの事例を紹介していて
透析治療の現状や問題点を
何かと知る機会になりました
というわけで
自らの体験と徹底した取材に基づく
著者、堀川氏による
渾身のノンフィクション
是非ともオススメです
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