繋がっている感覚

ふと

朝起きたとき

もしや

いま見た夢って

どこかで誰かに

見られてないだろうなぁ

なんて

時々ハッと思うことが

う〜ん

最近よくあるんですよね

そうして

だんだんと目が覚めて

冷静になってきて

我にかえって

ホッとするわけですが

まあ特には

自分が

何かとんでもないミスをしでかしちゃったり

すごく恥ずかしい思いをしたり

そんな後味の悪い夢を見て

目覚めた時ですかね

でも程なくして

そうだよね

夢は自己完結で

どこまでも

自分の中の産物だよね

ホッと胸を撫で下ろすのです

よくよく

これって

もしかしたら

今のネット社会において

SNSなどで

世界中の人と繋がることができたり

また

何かしら僕の行動特性が

AIによって把握されていたり

あるいは

保存したデータなども

クラウドなどのサーバーに

どこかしら紐づいているのが

当たり前であったりという

そうした日常の中で

自分という存在や

僕を取り巻くモノですらもが

どこかで誰かと(何かと)

繋がっているという現実を

いみじくも反映しているのでは

例えば

山に籠って生活していた宮本武蔵のように

自分だけが

ひとり切り離されて生きるということが

実際問題

限りなく難しくなっている

上述の僕の

寝起きの際の妙な感覚は

そんな今の時代の

潜在意識の表れではないでしょうかね

って

はぁ

ただ単に寝ぼけてるだけだろっ

でも

この繋がっている感覚

一人では生きられないという傾向は

近年ますます加速するであろうことは

いやあ

これ容易に想像がつきますがね

つくづく

おまけ

そういえば関係ないですが

最近

夢の中で

大海が真っ二つに割れる

映画『十戒』の

ワンシーンのような場面を見ました

↓↓↓

blog_import_64430cb6eac7c.jpg

別にそういう映画を観たわけでもないのに

ふと

そうか

消防車だ(!)

最近寒くなってきたからか

火事が多いようで

街中で

サイレンを鳴らしながら

車をかき分けて

道路を走る消防車によく出くわすので

それが深層心理の反映で

モーゼの十戒に姿を変えて

夢に出てきたのかも

って

おいおい

一体

どんだけ〜っ

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。