繋がっている感覚
ふと
朝起きたとき
もしや
いま見た夢って
どこかで誰かに
見られてないだろうなぁ
なんて
時々ハッと思うことが
う〜ん
最近よくあるんですよね
そうして
だんだんと目が覚めて
冷静になってきて
我にかえって
ホッとするわけですが
まあ特には
自分が
何かとんでもないミスをしでかしちゃったり
すごく恥ずかしい思いをしたり
そんな後味の悪い夢を見て
目覚めた時ですかね
でも程なくして
そうだよね
夢は自己完結で
どこまでも
自分の中の産物だよね
と
ホッと胸を撫で下ろすのです
…が
よくよく
これって
もしかしたら
今のネット社会において
SNSなどで
世界中の人と繋がることができたり
また
何かしら僕の行動特性が
AIによって把握されていたり
あるいは
保存したデータなども
クラウドなどのサーバーに
どこかしら紐づいているのが
当たり前であったりという
そうした日常の中で
自分という存在や
僕を取り巻くモノですらもが
どこかで誰かと(何かと)
繋がっているという現実を
いみじくも反映しているのでは…
例えば
山に籠って生活していた宮本武蔵のように
自分だけが
ひとり切り離されて生きるということが
実際問題
限りなく難しくなっている…
上述の僕の
寝起きの際の妙な感覚は
そんな今の時代の
潜在意識の表れではないでしょうかね
って
はぁ
ただ単に寝ぼけてるだけだろっ
と
でも
この繋がっている感覚
一人では生きられないという傾向は
近年ますます加速するであろうことは
いやあ
これ容易に想像がつきますがね
つくづく…
おまけ
そういえば関係ないですが
最近
夢の中で
大海が真っ二つに割れる
映画『十戒』の
ワンシーンのような場面を見ました
↓↓↓
別にそういう映画を観たわけでもないのに…
ふと
そうか
消防車だ(!)
最近寒くなってきたからか
火事が多いようで
街中で
サイレンを鳴らしながら
車をかき分けて
道路を走る消防車によく出くわすので
それが深層心理の反映で
モーゼの十戒に姿を変えて
夢に出てきたのかも⁈
って
おいおい
一体
どんだけ〜っ
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