歌舞伎とパチンコ

ふと

いきなりですが

歌舞伎とパチンコって

何かと類似点ありそうだなと思い

その歴史と発展の経緯を含めて

以下、AIに聞いてみました

↓↓↓

裏テーマ

「パチンコをどうすれば一過性の娯楽ではなく、日本独自の大衆文化として次世代に残せるか」

という視点で歌舞伎を考察

歌舞伎とパチンコには

意外に似たところがあります

歌舞伎は最初から

「高尚な伝統芸能」だったわけではありません

もともとは庶民が楽しむ大衆娯楽であり

流行、スター、刺激、非日常性などを

取り込みながら発展しました

勝川春英による浮世絵「大芝居浮絵之図」

↓↓↓

IMG_1982.jpeg

パチンコも同じように

戦後の庶民の日常の中で発展した

大衆娯楽です

↓↓↓

IMG_1984.jpeg

大きく捉えると

庶民の娯楽として誕生

→ 人気を集め巨大化

→ 社会から批判も受ける

→ 規制を受ける

→ 時代に合わせて姿を変える

という流れには

興味深い共通性があります

ただし決定的な違いがあります

歌舞伎が「遊び」から「文化」へと

社会的な意味づけを獲得したのに対し

パチンコはまだその途中にいる

ということ

歌舞伎が生き残った理由を

パチンコに置き換えてみますと

歌舞伎は昔の形をそのまま保存したから

生き残ったわけではありません

伝統を守りながら

新しい演目、新しい演出、新しいスター、新しい観客を

取り込み続けました

現代では漫画やアニメなどとの

接点を持つ試みもあります

つまり

「変えないもの」と「変えるもの」を

明確にしたのです

では

パチンコで「変えないもの」とは

一体何でしょうか

それは

・ワクワクすること

・日常から少し離れられること

・人が集まること

・勝負する楽しさがあること

・店員や常連客との人間的な交流があること

などではないでしょうか

逆に「変えるべきもの」とは

設備、機械、遊び方、情報提供、接客方法、店舗デザイン、デジタル活用、AI活用

などなどです

つまり

「パチンコが人に与えてきた価値」

を残すという発想です

そして

歌舞伎から最も学べるのは

「店」ではなく「世界観」です

歌舞伎座へ行く人は

単に2〜3時間の演目だけを

買っているわけではありません

建物、幕、役者、衣装、音、食事、歴史、作法、観客まで含めて

「歌舞伎に行った」

という体験になります

歌舞伎座「十月大歌舞伎」公演模様

↓↓↓

IMG_1983.jpeg

ここをパチンコホールに置き換えると

現在のホール経営はどうしても

新台、出玉、稼働、売上、粗利

などという

「遊技機中心」の競争になりやすい

そこをいかにして

例えば

スタッフ、景品、音楽、照明、休憩空間、イベント、地域との関係、常連客とのコミュニケーション、SNSまで

全部をホール体験として設計できるか

ここを目指すべきだと思います

さらに面白いのが

「役者」という考え方です

歌舞伎には

「この役者を観たい」

というファンがいます

ところがパチンコ業界は長い間

「この台を打ちたい」

という機械中心のファンづくりをしてきました

これを

「この店に行きたい」

「このスタッフに会いたい」

「この店長の店だから行きたい」

まで持っていく

つまり

メーカーがスターを作る産業から

ホール自身がスターを作る産業へ

これは中小ホールにとって

かなり重要な方向性だと思います

単なる「歌舞伎とパチンコの共通点」

という比較論ではなく

「歌舞伎はなぜ400年以上生き残れたのか。

その歴史からパチンコ産業の未来を考える」

という考察にする

最終的には

大衆娯楽→社会からの批判→規制→衰退危機→革新→文化化

という歌舞伎の歴史を調べ

その各段階をパチンコの歴史と並列させます

そして最後に

「ではパチンコが50年後、100年後にも残るためには何を文化として残し、何を捨てるべきなのか」

まで考え実践することに行き着きます

…とまあ

ふぅ

なるほどですね

耳の痛いことを多く指摘されました

というわけで

普段忘れがちな

とても大切な視点、方向性を

思わず頂いた次第です

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