映画『不安は魂を食いつくす』

映画評

1974年製作のドイツ映画

『不安は魂を食いつくす』

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監督・脚本・製作は

37歳の若さでこの世を去った天才

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー(1945-1982)

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ファスビンダーは

実質活動期間16年の間に

実に44本もの作品を量産し

「ニュー・ジャーマン・シネマ」の旗手として

ドイツ映画の新しい扉を切り開くも

コカインの過剰摂取という突然の死によって

唐突にそのキャリアに終止符が打たれることになった伝説的な存在です

う〜ん

しっかし凄まじい本数ですね

ファスビンダーのキャリアを振り返ると

前衛的な自主製作スタイルをとっていた初期から

メロドラマの手法を取り入れた物語スタイルを模索した中期を経て

いよいよテーマを政治、社会といった、より大きなスケールを有した枠組みへと昇華・発展させた後期

へと至る3段階に

大まかに分類することができますが

全体を俯瞰して見たとき

これ戦後ドイツの

主には

社会の底辺を生きる市井の人々の歴史を

あまねく網羅した

まこと貴重な記録となっていますね

ところで

ファスビンダーの作風に決定的な影響を及ぼした人物が

ナチスの弾圧を逃れてアメリカに亡命

後にハリウッドで活躍したドイツ人監督の

ダグラス・サーク(1897-1987)です

サークは

主には1950年代のアメリカにおける

中流家庭のビジュアルイメージの原型を形作ったとされる

いわゆるメロドラマの巨匠として知られていまして

ファスビンダーはサークの思想やスタイルに強い衝撃を受け

以降、メロドラマの手法を自作に積極的に反映させていきます

ファスビンダー流メロドラマは

サークの描くアメリカ中流家庭の華やかで美しい世界とは

性質もトーンも何もかもが異質で

人々の負の感情渦巻く

生々しくも濃密なドラマが

コッテリ風味で展開され

いやはや

これが唯一無二のすごい世界観なんです

かねてよりファスビンダーは

バイセクシャルである自らのセクシャリティーを公言してはばからず

そうした多面性をむしろ創作の糧とし

タブーをあえて厭わない

物議を醸すテーマの作品を創り続けました

って

それをあくまでメロドラマの手法で描いちゃうものですから

ホントもう

何せ特異で強烈な映像表現です

ということで

前置きが長くなりましたが

今回ご紹介の映画

『不安は魂を食いつくす』は

ファスビンダーが

メロドラマによる物語世界を追求した

中期を代表する作品として知られた傑作です

本作は

ダグラス・サークがハリウッドで撮った

『天はすべて許し給う』(1955)

へのオマージュとして知られています

物語の設定や展開が酷似していて

実質的なリメイクと言われていますが

実際は似て非なるもの

この2作は明らかに別物ですね

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60代のドイツ人女性エミは

ある晩、雨宿りのため酒場にひとり立ち寄る

入るなり好奇の目で見られたこのバーは

モロッコの移民たちが集う酒場だった

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エミは

そこにいた若いモロッコ人アリと出会い

二人はダンスをしたり会話をしたりして

思わぬ楽しいひとときを過ごす

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すっかり意気投合した二人は

ことの成り行きから一緒に暮らし始め

やがて結婚を誓い合う

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しかし二人の行く先々には

大きな壁が立ちはだかっていた

掃除婦として働くひとり暮らしの老女と

20歳以上も歳下のアラブ人の外国人労働者という

異色のカップルに対する世間の目は冷ややかで

隣人や同僚、家族をはじめ周囲の人たちから

あらぬ差別と偏見の仕打ちを受ける二人

そうした中でもエミとアリは互いを助け、想い合い

幸せに暮らしていたが

やがて些細なことから亀裂が生じ始め

そして

いやはや

何とまあコテコテの展開

って

最初はどう見てもミスマッチな二人で

不自然極まりない

ある意味、シュールなシチュエーション展開に

一体全体

どうなってるの?

と違和感だらけで観始めたのも

つかの間

決して皮肉でもなく

ましてやギャグでもなく

う〜ん

どこまでも真摯に誠実に

底辺を生きる孤独な二人を描いた本作を観ているうちに

いつの間にか

言え知れぬ愛着や親しみが湧いてきて

次第に二人が

絶妙な間柄に見えてくる不思議

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あらためて

主人公エミを演じるのは

ファスビンダー映画の常連でもある名脇役

ブリギッテ・ミラ

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そしてアリを演じるのは

モロッコ人のエル・へディ・ベン・サレム

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この人も

度々ファスビンダーの映画に顔を出していますが

彼はモロッコに妻子がいたにもかかわらず

当時、ファスビンダーと恋人関係にあったことで知られています

しかし関係が切れた後

サレムは酔って人を刺し、フランスに強制送還され

1982年に獄中で首吊り自殺をしたと言われています

何という悲劇でしょうか

ちなみに本作では

エミの娘婿役でファスビンダー自身も顔を出しています

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しっかし

ファスビンダー作品に共通して抱く感慨ですが

本作も

ドラマとしての激しさ

テーマの重さ

人物たちのキャラの濃さが相まり

なんとまあ

一種異様で

しかし豊穣なエネルギーに満ちていることでしょうか

そして何よりファスビンダーの

主人公たちへ注がれる眼差しの優しさに

いやあ

言えしれぬ感動を覚えること必至です

というわけで

『不安は魂を食いつくす』

鬼才ファスビンダーが放つ異色の人間ドラマ

必見です

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おまけ

だいぶ前に

僕がファスビンダーの代表作について書いたブログです

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