映画『津軽じょんがら節』
日本映画屈指の傑作です
1973年製作の
『津軽じょんがら節』
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監督はスチールカメラマン出身の実力派
斎藤耕一(1929-2009)
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…
津軽のうらぶれた漁村
吹きすさぶ強風
日本海の荒れ狂う波
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東京のバーで働いていたイサ子が
若い男を連れて帰郷する
愛人の徹男が
対立する組の幹部を刺して追われ
彼を匿うために逃げてきたのだ
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2人は海辺の小屋で新しい生活を始めるが
徹男にとっては毎日が退屈で
暇を持て余している
そんなある日
徹男は盲目の少女ユキと知り合う
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ユキは父と母が兄妹で
その父も自殺したという
いわくつきの家の娘であった…
本編の冒頭とラスト
そして劇中に挿入される
青森県津軽地方に伝わる民謡
じょんがら節の
三味線の曲弾き
打ち寄せる日本海の波とうと相まった
その激しくも繊細な音色
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漁村での単調な日々に
嫌気がさしていた徹男だったが
盲目のユキの
健気で哀れで純真無垢な様に触れるうちに
今まで感じたことのない純粋な感情を覚え
次第にユキに心惹かれていく
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またイサ子の元恋人の父親・為造の船に乗って
アサリ漁の手伝いをするようになる…
イサ子が不運も重なり
田舎暮らしに嫌気がさし
自らの故郷をひとり後にするのと対照的に
最初は逃げ出したかったはずの
故郷を持たない都会育ちの徹男が
やがて自身の中に眠る郷愁の心に
本能的に目覚め
土着の風土に深く馴染んでいく
この対比の面白さ
が
しかし程なくして
ヤクザの追手が迫り
…
あらためて
出稼ぎでひと気のない荒涼とした漁村
村全体を覆う閉塞感
残された人々が抱える鬱屈とした状況
田舎にはらむ独特の禍々しい風情
都市化の波にさらされ
過疎化が進む地方の現実を
映画はどこまでもリアルに捉え
結果
ドキュメンタリーのような相貌を獲得しています
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男と女の業
この地の果てのような寒村の
生々しくも剥き出しの姿を直視しつつ
そこに生きる人々の苦悩を
何より
愛する人を失った哀しみを
三味線に込め
津軽じょんがら節として昇華する
う〜ん
三味線が奏でる高揚とともに
物語の道程
その切なく残酷な行方に
観ている側は思わず釘付けとなり
感情が揺さぶられ
込み上げる気持ちを抑えることができません…
なんという
全編に溢れる抒情
豊かな情感でしょうか
同時に映画は
盲目の少女ユキが
徹男との関わりを経ることによって
つまりは徹男が
いわば“触媒”となって
やがて津軽三味線の弾き手
瞽女(ごぜ)として生きるに至る様を
つぶさに見つめることで
彼女の成長譚の意味合いも含んでいます
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いやあ
主演の江波杏子と織田あきら
ユキを演じた中川三穂子ほか
脇を固める役者たちもみな最高で
本作の完成度の高さには
まこと目を見張るものがあります
70年代当時の日本において
アート志向を標榜する映画の製作・配給で
時代を牽引したATGの中でも
まさに傑出した一本といえましょう
というわけで
『津軽じょんがら節』
日本映画の凄さをまざまざと実感できる
稀に見る傑作です
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