映画『クラッシュ』

2004年のアメリカ映画

『クラッシュ』

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監督・脚本は

ポール・ハギス(1953-)

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イーストウッドの

『ミリオンダラー・ベイビー』(2004)の

脚本家として知られる

彼の記念すべき第一回監督作品です

本作は

複数の登場人物が入り乱れる群像劇で

主な人物には

黒人刑事グラハム(ドン・チードル)

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白人警官ライアン(マット・ディロン)

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その若い相棒ハンセン

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黒人のTVディレクターのキャメロンと妻クリスティン

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地方検事リックと妻ジーン

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二人組の若い黒人男性アンソニーとピーター

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ペルシャ系の商店主ファハドと

ヒスパニック系の鍵屋ダニエル

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などなど

映画は

クリスマス前のロサンゼルスを舞台に

さまざまな人種・階層・職業の人々の人生が

交通事故、犯罪、警察の職務質問などを通じて交錯し

それぞれが抱えている

人種に対する偏見や恐怖、不信感が

負の連鎖となって拡大

そうして終盤

ある決定的な悲劇をもたらすに至ります…

う〜ん

車社会における

いわば

衝突(=クラッシュ)を象徴とした

多民族国家アメリカ、ロサンゼルスの現実

“共に生きる”ことの意味

その困難さ

分かり合えないもどかしさが

さりげなくも端的に描写されていて

とても良心的な映画だなと

感心する一方

しかし展開や表現において

ちょっと安易だったり

短絡的な部分も目につき

一見リアルなようで

その実

映画として上手にまとめた感があって

まあ

これはしょうがないのかなという

少なからず残念な印象を覚えたのも事実

と

そんな本作ですが

さまざまな登場人物がいる中で

マット・ディロン演じる

警官ライアンの登場するパートは

ちょっと出色でした

日頃から

黒人に対する差別意識を持つライアンは

ある夜

黒人夫婦の乗る車を止め職質します

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そして警察官という権力を利用して

夫の目の前で妻クリスティンの身体を不必要に触り

彼女に屈辱的な仕打ちをするのです

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ここでライアンは

明白な加害者として描かれます

しかしその後

路上で交通事故が発生

横転した車に閉じ込められている女性を

ライアンが助けようとすると

中にいた女性は

なんとクリスティン(!)

彼女は彼の顔を見るなり恐怖に震え

「あなたには触られたくない」

と露骨に嫌悪感を示します

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しかし車には火が迫っている

ライアンは自分の命を危険にさらして

そうして

以前自分が傷つけた女性を救出するのです

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つくづく

彼は

悪人なのか

善人なのか

“差別する男”が”救う男”になる

人種的偏見を持つ男なのに

決定的な瞬間には他者を救う

という一見矛盾した人物造形

と

よくよく映画は

ライアンが彼女の命を救ったから

それまでの差別や加害が帳消しになった

とは決して描いていません

ライアンはプライベートでは

父親の介護に献身的な様子が描かれます

その一方で

黒人に対する嫌悪感をあからさまに見せ

職務上の権力を利用してクリスティンを傷つける

そして交通事故に際しては

その同じ女性を命の危険を冒して救う…

つまりここで表しているのは

人は必ずしも

一貫した倫理感を持ち合わせておらず

人間とは

少なからず矛盾を抱えた存在である

ということ

差別的な人間でも

英雄的行動をすることがあるし

英雄的行動をする人間でも

差別や加害を行うことがある

ということ

こうした善悪が

ひとりの人間の中に共存しているという

きわめて現実的な人物像を

マット・ディロンがリアルに体現しています

そして

あらためて映画は

単純な善悪で括れないあり方の中に

人と人が理解し合う端緒を

見出そうとしているかのようです

と

それはそうと

マット・ディロン演じるライアンが

横転した車中のクリスティンを

間一髪救い出すシーンを観ていて

思わず想起した映画があります

1956年製作のアメリカ西部劇

ジョン・フォード監督の

『捜索者』です

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コマンチ族に弟一家を殺され

幼い姪デビーが連れ去られる

コマンチ族に憎悪の炎を燃やすイーサンは

デビーを救出する旅に出て

何年も捜索を続けるが…

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本作の主人公である

ジョン・ウェイン演じるイーサンは

先住民に強烈な偏見を持つ男

彼は旅を続けるうちに

成長したデビーが

コマンチ族の一員として

暮らしていることを聞きつける

そうなると

イーサンはもはや

デビーを救い出すどころか

コマンチとなった彼女を

殺す可能性さえほのめかすようになる

そうして

長い捜索の果てに

デビーを探し当てたイーサンだったが

彼は彼女を抱き上げて

「家に帰ろう」

と言う

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イーサンは長年抱いていた

「コマンチに同化したデビーは

もはや家族ではない」

という己の論理を

最後の瞬間に自ら破るのです

…と

このシーンが

上述の『クラッシュ』における

ライアンの救出シーンと

どこか重なるんですよね

つまりは

憎悪、家族愛、暴力性、勇気、差別、献身…

これらがひとりの人間の中に

複雑に息づいている

そうしたある種の矛盾を抱えながら

善悪を超えた共存を図っていく

ということでしょうか

って

ちょっと話が逸れちゃいましたが

そんなこんな

ハギスのデビュー作

『クラッシュ』

アメリカにおける

多文化共生のリアルな心情と現実が

如実に垣間見える良作

是非とも必見です

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