フィリピン靴手渡しツアー

先週行ってきました
フィリピン滞在報告続きです
昨年も一度実施しましたが
今回せっかく
フィリピンくんだりまで来たので
弊社も所属している
の主な活動である
靴や文房具類を
フィリピンの子どもたちに
直接手渡しするツアーを
一日かけて敢行しました
ということで
マニラ2日目は朝7時に集合し
ハートステーションのロゴが入った紙を
ワゴンに貼りつけて
さあ
いざ出発
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って
どこもかしこも大渋滞
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へぇ
ミニストップあるんですね
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そうして高速に乗って
ひたすら南方へと進みます
マニラ方面への車は凄まじい数珠つなぎ
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1時間ほど走ってからトイレ休憩
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人で賑わっていましたね
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古着などが大量に置いていました
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この日の靴の手渡しツアーへは
SEIYU日本語学校に通う学生さんたちも
同行してくれました
小川理事長を囲んでパチリ
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僕ら日本語学校運営メンバー等の人たちは
おなじみのハートステーションTシャツを着用
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この日は2/14でバレンタインデー
スタッフからチョコレートを頂きました
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そうしてさらに南へ向かうこと
およそ1時間
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マニラから約60km南方に位置する
タリセイ・バタンガス州に到着
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ここは
「ドナ・マリーア・ローレル・プラトン・メモリアル・スクール」
という名の小学校です
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さっそくトラックの荷台の段ボール箱を
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下ろし
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中に入っている靴や
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文房具類を取り出して
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ずらり並べました
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壮観ですね
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こちらは文房具類を机に広げて
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並べました
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子どもたちは一刻も早く靴がほしいし
いろんな人が入り乱れて
まあせわしない状況
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なんとか整列してもらって
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順々に
自分の足に合う靴を探してもらいました
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子どもたち夢中でしたね
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SEIYU日本語学校の学生さんたち他
みんなで手伝って
どんどん手渡ししていきました
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お
途中パチリ〜
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全体像はこんな感じ
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さらに靴をもらった子たちへ
今度は文房具セットを手渡し
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子どもたち嬉しそうでしたね
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いやあ
ホントみんな可愛いんですよね
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そんなこんなでの
集合写真
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と
実はここバタンガスは
先月の1月12日に
眼前に広がるタール湖の
中央付近に位置する火山島である
タール火山が噴火し
あたり一帯が火山灰や岩石で覆われ
地域住民約8,000人が避難を余儀なくされた
いわば被災地なのです
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学校を後にした僕らは
そこから車で程ない所に位置する
住民たちの避難場所へと
そのまま足を運びました
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至る所
火山灰などに見舞われて荒れていました
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湖に面したこのエリアで
避難生活をしている人たち
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この建物の
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1階スペース
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こちらで多くの人たちが
仮設テントの生活を送っていました
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う〜ん
サバイバルな生活を強いられていますが
それでも人々の表情から
暗さは感じられませんでしたね
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水やお米などが置かれていました
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おや
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しっかし子どもたちは
なんともたくましいなぁ
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そしてこの場所にて
靴や文房具の手渡しを実施
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おや
すごい人だかり
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待ちわびる子たち
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と
僕らの前に
他のボランティア団体がお米を配っていまして
そちらの行列だったんですね
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お米を配っている隣で
さっそく僕らも箱を広げ
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靴を並べ
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お米の後に靴や文房具を配っていきました
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埃まみれの子どもたちが
ことのほか多かったですね
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こんな感じ
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お米を支給されていた
ボランティアの方たちと記念写真
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終了後
建物の上に上がって
タール湖を一望
右側の低い山が噴火したそうです
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この一帯は特に荒廃していましたね
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ふぅ
被災の現場を目の当たりにし
無事終了後
マニラ市内へと戻り
まだまだ〜
それからやってきたのがマニラ市庁舎
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入口の前で
ハートステーションの小川理事長とパチリ
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ロビーの中には
戦車の模型などが展示
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そうしてさらに中のお部屋へと通されて
実務の長であるマニラ市の管理部長と面談
てっきり市長さんかと勘違いしていましたが
ハートステーションの活動をお伝えし
今後のご協力をお願いしてきました
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最後に皆で記念写真
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というわけで
ハートステーションの活動に終始した2日目は
大変ハードでしたが
僕らにとっても
得難い体験をすることができ
とても充実した一日となった次第です










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