感情のアンテナ

与えると

…与えられる

愛すると

…愛される

憎むと

…憎まれる

負かすと

…負かされる

さらに

加害者になると

…被害者になる

他人の悪口を言うと

…他人から悪口を言われる

う〜ん

単に反対語といいますか

これはいわば

ブーメランのように

自分に返ってくる考え方といいますか

実際の現象なのかなと思うところです

たとえば

他人の不幸を

どこかで嘲笑ったり

優越感に浸ったり

そういう思いにとらわれると

あるとき

それがブーメランのように

自分に降りかかってくる

きっと

どこかの誰かが

そんな自分のことを

嘲笑っているのだろう

そうして優越感に浸っているのだろう

となるわけです

それは往々にして

自分が抱いた思い

発した言葉が

脳のどこかに記憶されていて

そうした感情の

いわばアンテナが

常に立っている状態で

その感情が

自分の中で

完了する

収束する

つまりは

落とし所を見出すまで

いつまでも記憶の中に残っているということ

やがて

その対となる現象が

ブーメランのように

自分に返ってくるのをもって

その感情はようやく鎮まる、と

これはつまり

前述の思いや言葉を

脳がいつまでも覚えていて

その対となる思いや言葉を

見つかるまで探し続ける

という感覚でしょうか

アンテナが立っているというのは

そういう意味でして

対となる思いや言葉が見つかって

初めて

その思いや言葉の感情は

脳の中で雲散霧消する

…というわけです

↓↓↓

IMG_9593.jpeg

ハハハ

われながら何だそりゃ

って

でもそういうことが

ホント多々あるなぁ

と実感する僕がいるんですよね

思いにとらわれる

言葉を発する

ということは

よくよく重いことで

脳の中にいつまでも残ってしまい

それが収束するまで

無意識に

自分の中で何らかバイアスが

かかっている状態が続くのです

でも

その対が見つかってようやく

自分の中に残っている一連のわだかまりは

終わりを告げるのです

う〜ん

でも

これって

スッキリするわけでは決してなく

ブーメランのように

自分に降りかかってきたときは

やはりいい気はしないですよね

自分が蒔いた種

といいますか

まさに自業自得状態なわけで

そのように

いつかどこかで

自分に返ってくるんだったら

対となる思いや言葉は

不幸とか軽蔑とか憎しみとか

そうしたネガティブな感情ではなく

本心からポジティブな感情をもって

言葉を発するということに努めたいと

つくづく思う次第です

よく言霊とかいいますが

その正体は

こういうことかもしれませんね

って

でもだからといって

たとえば

批判すると

…批判される

嫌うと

…嫌われる

からといって

それを恐れるあまり

周囲の様子やご機嫌ばかりを窺い

無難に

相対的に

生きることをよしとするのは

ちょっとどうかなと思いますがね…

とまあ

つらつらと書いてしまいましたが

何であれ

心底から

他人の幸福を喜ぶ

ネガティブな言葉を慎む

そうした心構え

正の感情を

日々心がけたいものですね

つくづく…

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