イタリア映画の巨人
いやあ
つくづく僕は
往年のイタリア映画が大好きです
ということで
今回は
映画史上に燦然と輝く傑作を生み出し続けた
イタリア映画の巨人
ルキノ・ヴィスコンティ(1906-1976)
に迫ります
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何を今さらですよね
以前に本ブログに書いた
ヴィスコンティの代表作
『ベニスに死す』のブログは→こちら
ヴィスコンティが果たした功績は
映画を大衆文化とは別の領域へと
昇華させた点にありましょう
彼の映画が到達し得えたある種の高みは
そのまま彼の志の高さに比例します
そしてそれは彼の家系と
不可分の関係にあると言えましょう
ヴィスコンティ家は
13世紀以来ミラノを統治してきた
由緒ある貴族の家柄で
ルネッサンスとも関わりが深く
ヴィスコンティは幼少時から
西洋文明がもたらした芸術的素養を
一身に受けて育ちます
こうした家庭環境が
映画に対する位置付けに
ストレートに反映することになります
すなわち映画は
ルネッサンス以来脈々と受け継がれてきた芸術を
正統的に継承するものであり
我こそが
そのルネッサンス芸術の継承者である
という自負心が
極めて自然な形で彼の体内に宿るのです
ヴィスコンティはこの信念を
そのまま映画に投影します
貴族の血を受け継いだ者としての
誇りとロマンを胸に抱き
映画表現の革新へと
果敢に挑戦していったのです
とはいうものの
ヴィスコンティの映画作家としての出発点は
実は貴族のそれとは
正反対に位置したものでした
当時のイタリアでは
誰もがそこを通過せずにいられない大きな潮流
イタリアン・ネオリアリズムの影響です
戦後の荒廃した町並みをバックに
人々のありのままの姿を
赤裸々に捉えた作品群で
世界中に衝撃を与え
映画のあり方を根本から揺さぶる結果となった
このネオリアリズムの大きなうねりの中に
彼も身を投じ
処女作『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1942)を発表
映画作家としてのキャリアをスタートさせます
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そして自然の流れでしょうか
彼はやがてマルキズムに傾倒し
労働者階級を取り扱った作品を発表します
貧しい猟師の生活を
セミ・ドキュメンタリー・タッチで描いた秀作
『揺れる大地』(1948)や
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イタリアの高度経済成長における
南部の一家族の崩壊を冷徹に見つめた傑作
『若者のすべて』(1960)です
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ゆえにこの頃のヴィスコンティは
“赤い貴族”と呼ばれていました
…
とまあ
そんなわけで
後半となる続きは次回
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