あらかじめ意図する

前回の続き

あらためて

どんな些細な選択でも

小さな範囲でもいいので

結果論ではなく

あらかじめ意図して

自分をそこに持っていく

外側を決め

そこに自分自身を当てはめていく

最初は多少無理やり感があっても

そうすることで

やがて自然にこなれていく

フィットしていく

それが似合ってくる

結局はそうした過程を通して

自分が思い描いた人間になる

でも実際のところ

それがいいのかどうか?

それが幸せにつながるのかどうか?

はまた別の話

服装の話で言えば

自分が着たい服より

自分が似合う服を

あらかじめコーディネートしてもらった方が

いいとよく言われるし

そもそも

人生あまり小難しく考えないで

なりに任せた方がいいという話も

よく耳にします

う~ん

あまり深掘りはしませんが

要は

なりに任せることを

自ら選択すればいいのかな、と

それももちろんありだし

自然だし

いま目の前のことに

誠実に向き合うという点で

むしろそっちの方がうまくいくのかな

と僕も内心は思っています

というわけで

前回から

話があっちこっちに飛んでいますが

いずれにせよ

まず考え

意図し

そして決意すること

その上で選択し

環境を整えること

が大切なのかな

ふと

翻って

僕自身はというと

『共生』

を実践していくことを

自らに課していますかね

人生の諸々の選択において

決して易きに流れず

共生を軸にして

果たしてどうなのか?

を常に自問自答し

どっちを選ぶべきなのか?

をこれからも決め続けたい

とつくづく思う次第です

最後に

今度はドイツの哲学者

フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)

↓↓↓

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の言葉をご紹介

「人は生成する

何かになるという運動を

継続している存在が

人間なのだ」

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