映画『王女メディア』

1969年製作

イタリア・フランス・ドイツ合作の

『王女メディア』

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監督・脚本は

再び登場です

非業の死を遂げたことで知られるイタリアの鬼才

ピエル・パオロ・パゾリーニ(1922-1975)

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ただ今、前回ご紹介の『テオレマ』と合わせて

こちらもリバイバル上映中です

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う〜ん

これまたすごい映画

20世紀を代表するソプラノ歌手

マリア・カラスを主演に迎えて

エウリピデスのギリシャ悲劇「メディア」を映像化

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古代ギリシアの時代

半人半馬の賢者ケンタウロスに育てられたイオルコス国王の遺児イアソンは

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成人となった後、父の王位を奪った叔父ペリアスに王位返還を求めるも

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ペリアスはその条件として

未開の国コルキスにある「金毛羊皮」を手に入れるよう要求

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そうした経緯からイアソンはコルキスへと足を踏み入れ

そこで国王の娘で、儀式を司る巫女メディアと出会い

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2人はたちまち恋に落ちる

メディアはイアソンのために金毛羊皮を盗み出し

彼と一緒にイアソンの王国に入るが

王位返還の約束は反故にされ

しかたなくイアソンはメディアと共に隣国コリントスへ向かう

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メディアとの間に二人の子をもうけたイアソンであったが

コリントスの王に娘グラウケーの夫として見込まれると

次第にメディアを遠ざけていく

裏切られたメディアは復讐を決意

長らく封印されていた呪術を駆使して恐ろしい行動に出る

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って

何しろこの映画

余計な説明が排されていて

とにかくストーリーがわかりづらい

しかし

この全編を覆う張り詰めた緊張感

眼前に映し出される光景のあまりにリアルな様

本作はギリシャ悲劇を踏襲しながらも

パゾリーニの特異なイマジネーションが爆発した映像詩です

何より圧巻の前半部

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野蛮な未開地で繰り広げられる

五穀豊穣を祈願する生贄の祭祀の

異様なまでの迫真性

セリフがほぼなく

まるでドキュメンタリーを見ているような

奇妙な錯覚にとらわれます

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そして後半は一転

メディアが復讐を遂げるに至る過程を

詩的な映像と抒情的なセリフ回しで

丹念に紡いでいきます

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パゾリーニはこの神話的世界を

お得意の

時代考証を無視した独自の発想で

自由奔放に創造していきます

トルコのカッパドキアの岩窟群など

威容を誇るロケ地での撮影

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衣装デザイナー、ピエロ・トージによる

斬新極まりない衣装の数々

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そして音楽にはなんと

日本の地唄や箏曲ほか

世界各地の民俗音楽を使用

摩訶不思議な異化作用を観る者に及ぼし

映画は『アポロンの地獄』(1967)で見せた

古代世界の再創造を更に進化させ

原始的な造形に彩られた独創的な世界観を構築していきます

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地唄や三絃、琴の、聴き覚えのある

古めかしくも荘厳な調べに乗って

画面全体を浮遊する

この負の空気感

封じ込められたカラスの流麗な歌声

と対をなすかのように

失われしメディアの呪術

しかしこっちは物語が進行するにつれて

抑えようにも抑えきれず

文字通り

溢れんばかりの憎悪の炎を燃やして

周囲へと飛散します

メディアが見せる喜怒哀楽の振り幅

特には射すくめられるほどの強烈な眼力によって

放たれる情念

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一見、何が行われているのか?

メディアの中で

一体どういった心の変化が生じたのか?

観ていて

あまりに唐突で、鮮烈で

にわかには判別できません

しっかし

なんとまあ

独特の映像表現でしょうか

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そしてメディアを通して見た異世界の

この

ある種の違和感

原始的、土俗的な風土の中で繰り広げられる

生贄の儀式などの蛮行や

メディアの憎悪に満ちた狂気の沙汰の数々を

ギリシャ悲劇による

様式的なスタイルに裏打ちされた

異質なムードの中で

本作は

まこと象徴的に表現してみせます

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つくづく

女として

また母性の象徴としてのメディア

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その一方で

気性の激しい魔女としてのメディア

かつて呪術を操り

男たちを

古代の国を

一手に収めていた

その孤独にして強大な力

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いやあ

歌わないマリア・カラスの

神秘性と威厳をたたえた

この圧倒的な存在感

一世一代の名演ですね

というわけで

『王女メディア』

なんという無二の世界観

本作はパゾリーニの比類なき感性が結実した恐るべき傑作です

おまけ

パゾリーニ監督とマリア・カラスの撮影時のスナップ

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さらに

だいぶ前に僕がパゾリーニの『アポロンの地獄』について書いた記事はこちら

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