記憶の代替え

つくづく
子どもが生まれ
日毎に
すくすく育っていく姿を
間近で目の当たりにする
子どもが見たり聞いたり
ひとつひとつ
体験していくことを
親として共有する
そんな
わが子の姿を眺め
共に接し
時を過ごす
…うちに
やがて
自分が
かつて
わが子と同じような歳の時分に
わが子と同じような体験した記憶が
ふと
にわかに蘇り
どこかで
子どもの”今”と
オーバーラップしてくる…
すると
自分の
その時の
ある種
鮮明だった記憶が
今まさに
わが子が
リアルタイムで体験している光景に
塗り替えられていき
途端に
自分の過去の記憶が
たちまち
色褪せてくる
数十年前の
自分の中では
まだ鮮明なはずの記憶が
どんどんと
セピア色に変わっていく
そうして自ずと
意識の淵へと遠のいていく…
お
まるで『インサイド・ヘッド』みたいですね
思い出のゴミ捨て場(!)から
ビンボンと脱出〜
↓↓↓
おっと
話が逸れました
って
いわば
自分自身の記憶が
わが子の体験という
現在進行形の思い出に
代替えされていく感覚
ふぅ
これはどこか
寂しいことのように思いがちですが
実際は
むしろ
嬉しかったりもします
子どもの姿を
かつての自分に重ね合わせる
いやあ
よくよく
これって
親としての醍醐味のひとつなのかなと
しみじみ思う次第です
というわけで
連綿と続く
親と子の
断ち切り難い
精神的な繋がりを
何とはなしに
実感する
葉桜の今日この頃です
↓↓↓











この記事へのコメントはありません。