記憶の代替え

つくづく

子どもが生まれ

日毎に

すくすく育っていく姿を

間近で目の当たりにする

子どもが見たり聞いたり

ひとつひとつ

体験していくことを

親として共有する

そんな

わが子の姿を眺め

共に接し

時を過ごす

…うちに

やがて

自分が

かつて

わが子と同じような歳の時分に

わが子と同じような体験した記憶が

ふと

にわかに蘇り

どこかで

子どもの”今”と

オーバーラップしてくる…

すると

自分の

その時の

ある種

鮮明だった記憶が

今まさに

わが子が

リアルタイムで体験している光景に

塗り替えられていき

途端に

自分の過去の記憶が

たちまち

色褪せてくる

数十年前の

自分の中では

まだ鮮明なはずの記憶が

どんどんと

セピア色に変わっていく

そうして自ずと

意識の淵へと遠のいていく…

まるで『インサイド・ヘッド』みたいですね

思い出のゴミ捨て場(!)から

ビンボンと脱出〜

↓↓↓

IMG_8767.jpeg

おっと

話が逸れました

って

いわば

自分自身の記憶が

わが子の体験という

現在進行形の思い出に

代替えされていく感覚

ふぅ

これはどこか

寂しいことのように思いがちですが

実際は

むしろ

嬉しかったりもします

子どもの姿を

かつての自分に重ね合わせる

いやあ

よくよく

これって

親としての醍醐味のひとつなのかなと

しみじみ思う次第です

というわけで

連綿と続く

親と子の

断ち切り難い

精神的な繋がりを

何とはなしに

実感する

葉桜の今日この頃です

↓↓↓

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