映画『天国の日々』

1978年のアメリカ映画
『天国の日々』
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監督・脚本は
テレンス・マリック(1943-)
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前作『地獄の逃避行』(1973)と
本作を撮った後
映画界から遠ざかること20年
長い沈黙を経て
『シン・レッド・ライン』(1998)で
見事な復活を果たす
言わずと知れた
伝説の映画作家です
本作は
彼がブランクに入る前に撮った
二作目となる作品で
こだわり抜いたであろう
奇跡の映像美を堪能できる傑作です
…
1910年代半ば
シカゴを追われた青年ビルと
妹のリンダ、ビルの恋人アビーが
テキサスへと流れ着き
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裕福な地主チャックの農場で
麦刈りの仕事をすることになる
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ある日
チャックが不治の病に侵されていることを
医師から告げられ
ビルはたまたまその事実を知ってしまう
収穫の時期が終わり
労働者たちが農場を去っていく中
チャックはアビーを見初め
周囲の反対を押し切って
彼女に結婚を申し込む
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アビーを恋人ではなく妹と偽っていたビルは
病で余命いくばくもないチャックの財産目当てに
アビーの結婚に賛成
2人は晴れて結婚の契りを交わす
ビルとリンダも身内として厚遇を受ける
しかしチャックは
いつしか
妻アビーとビルの関係に
疑いを抱くようになり
そして…
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と
夕景のシーンはすべて
“マジック・アワー”と呼ばれる
一日にわずか数十分しかない日没間近の
柔らかい光の中でのみ撮影されたという
極めて異例の方法によって生み出された
この奇跡の映像美の数々
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四季折々の風景
風格ある家々や調度品の数々
過酷な労働に従事する人々
トラクターや飛行機、三輪バイクなど
もう何もかもが美しい…
ロングショットで捉えた
列車が橋を渡るシーン
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ネストール・アルメンドロスの撮影による
自然光にこだわり抜いた
絵画のように美しい映像世界が
観る者を圧倒します
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つくづく
広大なテキサスの大地に宿る
無骨な風情
そこで繰り広げられる
人間たちの愛憎劇…
大自然の美しさと
人間の弱さ、醜さを
鮮やかに対比させ
そうした中で構築された
20世紀初頭のアメリカに見る
この神話的世界観
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そんな豊穣な映像に重なる
エンニオ・モリコーネの甘美な旋律
オープニングで流れる曲は
サン=サーンスの「動物の謝肉祭」
と本作は
登場人物たちのセリフが少なく
おおかたを語り部となる
ビルの妹リンダのナレーションで進行
これが昔話を語るような
素朴な味わいをもたらしていて
いいんですよね
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映画は
リンダの声を通して
また
人物たちのセリフに依らない
表情や身ぶりを通して
歓喜や猜疑心、憎悪の感情など
彼らの生々しい心中を
自ずと垣間見ます
って
淡々と静謐なムードで進む映像と
その実
激しい葛藤が渦巻く人物たちの内面
ここでもギャップが著しいですね
そして
終盤のクライマックスとなる
イナゴ襲来のシーン
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黄金色に輝く美しく広大な麦畑が
空を覆い尽くすほどのイナゴの大群によって
無情にも破壊されます
さらには
イナゴを追い払うために焚いた火が
麦畑に燃え移り
農場は壊滅的な被害を受けます
まさに終末論的な様相を呈する光景
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ふと
物語のトーンが
にわかに不穏なムードに変節
この自然の猛威と混乱が
登場人物たちの運命を破綻へと導く
いわばターニングポイントとなります
やがて訪れる
悲劇的な結末…
う〜ん
なんという展開
って
よくよく
男と女の
若い恋人たちの
ある意味
必然ともいえる哀しい幕切れ
ここに至ることが
宿命であったかのような
人間の無力さ、儚さを
観ていて痛感させられます
と
あらためて
リチャード・ギアとブルック・アダムス
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そして
サム・シェパードと…
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役者たちが素晴らしいですね
皆、初々しくてとても魅力的です
というわけで
『天国の日々』
ふぅ
ため息の出るような映像美に貫かれた
鬼才、テレンス・マリックによる
壮大な人間ドラマの傑作
いやあ
今更ながら
必見です
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おまけ
マリックの『シン・レッド・ライン』について
以前書いた記事です→こちら










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