一般常識と個性

世の中

なんだかんだ言って

見た目が大事

身なりや言葉使い、ふるまい、仕草

などなど

人の評価って

案外

そんなとこで

決まってしまうような気がします

そんな

いわば一般常識を

わざわざ逸脱する人は

う~ん

ただの世間知らずか

それとも

稀代の豪傑か

まあ

よっぽど自分に自信があって

実際

それに見合う実力がないと

なかなかできませんよね

そのくらい

ある意味

とってもリスキーかなと思います

でもだからこそ

僕ら凡人にとって

一般常識は

決して侮ってはいけないもの

まあ

なかなかどうして

そう容易に

身につくわけもなく

徹底するとなると

なおさら簡単ではないと思います

こう

何ていうんでしょうか

つい

自分を出し過ぎちゃうんですよね

個性といえば

聞こえはいいですが

人が見ると

はなはだ勘違い

独りよがりの域を出ないものが

多いんじゃないでしょうかね

一般常識って

僕はどこまでも

社会性

つまり

対人関係における話

ではないかと思います

なんらか人と関わって生きるという

大前提に立った上で

どうスムーズに社会生活を営んでいくのか

そのための

常に人ありき的な視点

人に失礼のないような

身の振りや

そのための知識

う~ん

しかし

あまりそこばかり気にし過ぎても

なんかつまらないというか

自分というキャラが

ある程度

表に出て

社会に認知されないと

それこそ

なんのために生きているのか

ようわからん

ということで

大切なのは

一般常識をわきまえつつ

いかに

その安全圏から

はみ出るか

そのはみ出た部分が

いわゆる個性ってやつでして

もちろん

その部分に関しては

出る杭は打たれる覚悟が必要で

↓↓↓

IMG_9251.jpeg

少なからぬ

人々の的にされるのを

踏まえなければなりませんね

つまり

いかに

そこからはみ出る勇気を

持つかが大事かな、と

なぜなら

はみ出た部分こそが

社会に対して

その人が

勝負を挑んだ証となるからです

この勝負は

これは

生きている以上

絶対に避けることができない

その人の存在理由となるからです

その人が生きた証

まあ人は人生の中で

一度や二度

どころか

何回も

そういった勝負の局面に

立たされると思いますが

その勝負のときを

迎える

いわば

分水嶺

表面に浮かぶ水際の

スタートラインこそが

一般常識ってやつなのかなと

僕は思います

天才とか怪物とか

呼ばれる人は別にして

僕ら一般人は

そうした一般常識で彩られた

社会の枠組みを

しっかりと守りながら

しかしそこに安穏とすることなく

その上で

どこまでも

自分の世界観を構築しようと

努めるべきなのです

まあ

世間は

あえて

常識から逸脱した部分にこそ

その人らしさ

その人の本質を

見るのだと思いますがね

というわけで

人生

攻めないといかんですね

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