ハン・ガン『菜食主義者』

昨年2024年度の

ノーベル文学賞を受賞した

韓国の作家ハン・ガン(1970-)

↓↓↓

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いやあ

これは快挙です

韓国のみならずアジア人女性として

初めての受賞ということで

昨年大きく報道されましたね

ということで

せっかくなので

ハン・ガンの作品を読んでみることにしました

2007年出版の

『菜食主義者』

↓↓↓

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以下、サイトの説明文を転載

↓↓↓

◎「菜食主義者」

ごく平凡な女だったはずの妻・ヨンヘが、ある日突然、肉食を拒否し、日に日に痩せ細っていく姿を見つめる夫

◎「蒙古斑」

妻の妹・ヨンヘを芸術的・性的対象として狂おしいほど求め、あるイメージの虜となってゆく姉の夫

◎「木の花火」

変わり果てた妹、家を去った夫、幼い息子脆くも崩れ始めた日常の中で、もがきながら進もうとする姉・インへ

…と

本書はこのように

3つの中編で構成されていまして

痩せ細っていくヨンヘを軸に

夫、姉の夫、姉

のそれぞれ三者三様の視点で

物語が描かれています

夫と穏やかな生活を営んでいた

平凡な主婦ヨンヘが

ある日突然

肉が食べられなくなる

というより

肉を摂取することを拒絶するようになる

それは健康のためでも

思想信条的な理由でもなく

ただ夢を見たことが原因だという

その夢は多分に

凄惨でグロテスクなイメージで

妙なリアル感がある

ヨンヘは

以後、度々そうした悪夢にさいなまれ

次第にその夢にとらわれ

現実において

肉を食べなくなる…

本書は

それによって

ヨンヘが

肉体的精神的に

刻々と変貌を遂げていく様を

繊細な文章で赤裸々に綴っていきます

ふぅ

ヨンヘの行く末が気になって

ついつい

最後まで一気に読んでしまいましたが

正直

強烈な違和感を覚えましたね

これは

いわば

共生の断絶ですね

晴れた結末が待っているわけでも

明白な答えが用意されているわけでもない

ヨンヘと

彼女の周囲との間の溝は埋まるどころか

平行線を辿る一方で

いよいよ決定的となり

もはやなすすべがない

そうこうしているうちに

ヨンヘはどんどん痩せ細り

やがて骨と皮だけになっていく…

ヨンヘ本人は

それを望んでそうしているが

周囲は心配でしょうがない

この如何ともし難いジレンマ

日々痩せ細っていくヨンヘは

植物との同化

つまりは

自分が木になりたいという欲求に

次第にとらわれていく

この発想自体が奇異で

まあ文学的な表現でしょうが

読んでいて

とにかく

苦しい…

ヨンヘはあまりに病的で

生気を失っていき

干からびていく

これは一体

何のメタファーなのでしょうか?

著者のハン・ガンは

本書を執筆していたときを振り返ると

自身、とてもつらい時期だったと述べていて

さらに以下のように語っています

「この世界はあまりに美しく、抱きしめたい。でもそこに暴力や苦痛があります。『菜食主義者』を書いた時は人間の暴力に対する問いがあり、一切の暴力を拒否することが可能なのかという問いもありました」

つまりは

本書を解釈すると

ヨンヘにとっての”肉”とは

男性

家父長制

封建的な価値観

さらには暴力

のこれ象徴で

それは第1編「菜食主義者」で

会社勤めの夫を中心とした生活環境や

自分が育った実家における

実父の尊大な振る舞い

そうした価値観を自然に押しつけるあり方や

それを何の疑問も抱かずに受け入れ

生活を整えていく女性たちのあり様

といった描写から

如実に見てとれます

よくよく

本書は

韓国社会における

男性優位の現実を示していて

ヨンヘは

そうした韓国社会に根づく

女性に対する抑圧を

夢という潜在意識下で感応し

結果

肉を断って

自ら木になりたいという

特異な願望を抱くようになるのです

これは

女性としてヨンヘの

韓国社会に対する

ある種の静かなる抵抗の姿であり

典型的な韓国女性であるヨンヘが辿る

苦難の道のり

衝撃的な変貌を通して

現代の韓国社会に内在する精神的危機を

文学的に表現したと

言えるのではないでしょうか

しかし

第2編「蒙古斑」は

ちょっと異質でした

映像アート作家である姉の夫は

日を追って枯れ果てていくヨンヘに

どこか芸術の対象としての一端を垣間見

やがて彼女をモデルにして

表現を試みていきます

ヨンヘの身体に色とりどりの花を描き

そうしてやがて

肉体的に結びつく様を

映像に収めていくのです

ふぅ

この芸術という名の

性行為の一部始終を捉えた描写は

読んでいて

詩的で美しくも

どこか異様な印象を受けます

…が

よくよくどうなんでしょうか

これは

植物に同化したいと願うヨンヘの思いを

体現したとも言え

また姉の夫がヨンヘの抱く特異な心情を

直感的に引き出したとも言えるのかな

って

まあ

つくづく

このハン・ガンという人は

普通の感性の持ち主じゃありませんね

第3編「木の花火」で

姉インへの視点から

ヨンヘとの断絶が不可避となるのですが

なんとまあ

病的

虚無的

絶望的なまでの

ヨンヘの行く末でしょうか

木になりたいという

人間としてあり得ない願望に

とらわれることに対する

姉インへをはじめとする周囲の

また僕ら読む側の

少なからぬ違和感、戸惑い

受け入れ難い感情…

そうした居心地の悪さに

終始悩まされるのです

う〜ん

読み終わって

しばらく考え込んでしまいましたね

僕はハン・ガンの作品は

本書しか読んでいませんが

あらためて

現代社会の負の側面において

生じた痛みを

鋭く感受する繊細な感性と

それを表現するに足る

生々しい言葉を持ち合わせた

稀有な作家だなと感じた次第です

彼女の存在によって

民主主義が退行したかの如き

昨今の韓国社会の現実が

普遍的な文脈として捉え直される日が

やがて訪れるような気がしますね

というわけで

『菜食主義者』

痛みを伴ってなお

読む者の感情、先入観を

激しく揺さぶり続ける

注目の一冊

是非オススメです

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