映画『ヤンヤン 夏の想い出』

2000年製作
台湾・日本合作の
『ヤンヤン 夏の想い出』
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監督・脚本は
台湾ニューシネマの鬼才
エドワード・ヤン(楊徳昌、1947-2007)
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本作は
59歳という若さで亡くなったヤンの
遺作にして集大成的作品で
上映時間は173分の長尺
う〜ん
代表作『牯嶺街少年殺人事件』(1991)と
まさに双璧をなす傑作ですね
舞台は1990年代末の台北
映画はそこに生きる
ある5人家族が
ひと夏において
体験する出来事や直面する問題を
淡々と見つめながら
人生の意味を静かに問いかけます
…
父NJ、母ミンミン、高校生の娘ティンティン、8歳の息子ヤンヤン、そして祖母
の5人家族の人生模様
冒頭
叔父アディの結婚式当日
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祖母が脳卒中で倒れ、急きょ搬送され
以後、昏睡状態に陥ってしまう
そこから家族それぞれに
少しずつ変化の兆しが訪れはじめる
父NJは
会社経営に行き詰まり
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さらに初恋の女性シェリーと再会
また日本人ゲームクリエイター大田との出会いを通して
人生について考えることになる
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母ミンミンは
母親が倒れたことをきっかけに
精神的に不安定になり
宗教に傾倒、尊師のいる山に篭ってしまう
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姉ティンティンは
初恋と破局を体験
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恋愛や友情の複雑さを知る
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家族それぞれが問題を抱える中で
日々を無邪気に過ごす
8歳の末っ子ヤンヤンは
子どもなりの視点で大人たちを観察する
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…
ふと
タイトルから
少年ヤンヤンのひと夏の成長物語
などというイメージが連想されがちですが
なんのなんの
本作は
ヤンヤンが主人公というより
彼の5人の家族それぞれが体験する
ひと夏の出来事を通して
人と人が理解し合うことの困難さ
それ故のかけがえのなさ
そんな
人間関係の要諦
繊細な感情のひだを
丁寧に汲み取っていきます
ヤンヤンは
父からもらったカメラで
人々の後ろ姿ばかりを映してまわります
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後頭部は
本人が絶対に見ることのできない部分
つまり人には
見えるものと見えないものがある
他人のことを
否
自分のことすらも
すべてを見る(知る)ことができない
よくよく
これは映画全体のテーマにも精通します
劇中
父NJは初恋の女性シェリーと数十年ぶりに再会
後日、2人はデートをし
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やがてNJの日本出張に合わせてシェリーも渡日
しかしNJは彼女の意を汲まず
過ぎし日を埋め合わせるような展開には
…ついぞならない
NJにはNJの人生があり
シェリーにはシェリーの人生がある
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また
妻ミンミンから見れば
夫の行動は別の意味を持つ
娘ティンティンにも
家族の誰も知らない
彼女にしか見えていない世界がある
そしてヤンヤンは
世の中を好奇と関心の眼差しで見つめていく
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つまり
同じ家族であっても
全員が違う世界を生きている
これが本作を貫く大きなテーマとなっています
つくづく
ヤンヤンと家族を取り巻く
日常の断片
披露宴の狂騒
脳卒中で倒れる祖母
ヤンヤンの学校での様子
姉とチェロ弾きの子との友情の行方
日本の会社との契約可否
無関心なマンションの住人たち
自分には何もないと涙ながらに嘆くミンミン
って
隣の部屋では
他人の夫婦の怒鳴り合う声が聞こえる…
と
初恋の女性との出会い
在りし日を懐かしむ豊かなひととき
しかしもう時間は戻らない
ほろ苦い思い出
取り返しのつかない挫折
ふぅ
誰もが身につまされる話ですね
つくづく
人生って
うまくいかないことだらけ
観ていて
昔味わった苦い記憶を
不意に呼び覚まされたりして
う〜ん
いくつかの場面で
他人事として観れなかったりします
と
NJは仕事で日本へ行き
イッセー尾形演じるゲームクリエイター大田と出会うのですが
契約云々という仕事の関係ながらも
2人は友情で結ばれ
NJは大田の効率や結果に縛られない価値観や
自由な人間性に影響を受けます
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父は過去と現在の間で揺れる
母は自分自身の存在について考える
姉は初恋と挫折を経験する
ヤンヤンは人に対する興味を募らせていく
映画は
それぞれが体験するひと夏を
象徴的に描き出すことで
人生とは何か
幸福とは何か
を観る者に投げかけます
と
本作は結婚式で始まり
そして祖母の葬式で終わります
本作において
祖母は序盤からずっと昏睡状態です
しかし祖母が倒れたことで
家族が集まり
家族それぞれが
自分自身を見つめることになる
つまり祖母は求心的な存在で
家族を結びつける役割を果たしている
と言えましょうか
とまあ
特筆すべきは
ロングショットと長回しの多用です
ヤンは
人物のアップを極力使わず
あえて引いた距離で捉えます
そのため観る側は
むやみに感情を押しつけられることがありません
またヤン独特の構図である
都会のビル群や街の喧騒
空虚な部屋の様子など
相変わらず秀逸なカットが目立ちます
また本作は
台北のみならず
東京や熱海も舞台となっていて
なんとも嬉しい限りですね
ふと
時折
ほのかに垣間見える
空虚感
華やかさと裏腹の
不穏
幸福と隣り合わせの
絶望
失恋の痛み
都会の忙しない喧騒がもたらす
人々の無関心と不寛容
経済発展を遂げた台北に生きる
都会人に宿る深い孤独の闇
そして
唐突に訪れる事件
暴発する悲劇…
と終盤の
ヒリヒリとした緊張感のはらむ展開は
ヤン得意のパターンですが
本作はペシミズムに帰結せず
少年の存在をもって
未来へと向かう形で締め括られます
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とまあ
そんなこんな
なんという豊穣な映像体験
人生の機微に触れた人間模様でしょうか
何気ない日常
決してドラマチックでない人生ながら
その実
大きな感情の揺らぎが
誰の身にも思い当たる
特には
う〜ん
悔恨の念
でしょうか
様々な去来する感情にとらわれ
いわば過去への郷愁に
つい思いを馳せずにはいられませんでしたね
そして
観終わった後
人生を生きるということに対する
ある種、リアルな実感とたしかな意欲が
自ずと湧き出てくることを覚えます
というわけで
『ヤンヤン 夏の想い出』
鬼才エドワード・ヤンが
最後に辿り着いた至高の傑作
いやあ
つくづく
早すぎる死が惜しまれますね
あらためて
これは必見です
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おまけ
エドワード・ヤンの作品について
以前書いた記事です
◎『恐怖分子』→こちら
◎『牯嶺街少年殺人事件』→こちら
◎『恋愛時代』→こちら
◎『カップルズ』→こちら










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