社会性と純粋性

う〜ん

つくづく

アートって

そこに社会性が伴うと

ある面では

途端ににつまらなくなりますねダウン

それは

創り手の純粋性が損なわれることが



主な要因なわけですがひらめき電球

ふと

では

果たして本当に

社会性が

クリエイターにとって

阻害要因になりうるかといいますと

一概にそうともいえないですかね長音記号1

社会性

つまりは

ウケる

売れる

ということが伴っていないと

一体

何のための表現なのか

意味がなくなってしまわないでしょうか!?

その創作活動が

独りよがりではなく



ちゃんと一定数の人の支持のもとで成り立っていること

それなくしては

真に芸術とは言えないのではないでしょうか!?

という前提の上で

いや注意

しかし

まず第一にウケるであろうことを考えながら

創作活動に励むのではなく

ウケようがウケまいが

そんなことは

どうだっていいパー

大事なことは

あくまで

自分がやりたいこと

表現したいことを

無我夢中でやるのみグー



そこに他人が入り込む余地は皆無で

ただ己と向き合って

ひたすら創作に励む

その純粋性こそが

芸術の芸術たる所以ではないでしょうか!?



とまあ

難しい話ですが長音記号2

己に忠実に向き合ってできた作品が

結果的に多くの人に支持される

な〜んてのが

一番いいのでしょうが音譜

なかなかそういった話は少ないように思います汗

でも今のように

iPhoneでも映画が撮れちゃうような時代は

ある程度、社会性が伴っていかないと

ホントしょうもないシロモノで溢れ返る一方ですからねガーン

それはそれで個人的に憂慮すべきことのように思います目

というわけで



つらつらと独り言でした星空



おまけ長音記号2



上述の



社会性と純粋性の



文字通り“共生”を



なし得た稀有な画家をご紹介アート



ご存じ



素朴派で知られる



フランスのアンリ・ルソー(1844-1910)ですキラキラ



以下、ユニークな子供の2作品をご紹介クリップ



◎《人形を抱く子ども》(1904-1905)キラキラ


↓↓↓



◎《赤ん坊のお祝い》(1903)キラキラ


↓↓↓



う〜ん



なんとも



奇妙で不気味で



2枚とも



子供にしてはどことなく大人びていて



ちょっと忘れられない



不思議なインパクトをもたらしますね晴れ



つくづく



決して売れようとかを狙って描いているわけではない



どこまでも純粋な創作によってもたらされた産物です虹



そしてルソーの描いた絵が



後にシュルレアリスムやキュビズムなど



近代絵画へと連なる



インスピレーションの鍵となっていくのですから



ホント芸術ってわからないものですねモグラ



つくづく…ぐぅぐぅ




関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。