映画『ニューヨーク・ニューヨーク』

1977年のアメリカ映画

『ニューヨーク・ニューヨーク』

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監督はのちに巨匠となる

マーティン・スコセッシ(1942-)

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サックス奏者のジミーと

歌手志望のフランシーヌは 

太平洋戦争終結の喜びに沸く

1945815日のニューヨークで出会う

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最初は

ジミーのなかば強引な口説きから

知り合いになるが

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やがて互いに惹かれ合って結婚

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時はビッグバンド・ジャズの時代

2人は音楽を通じた絆で結ばれ

順風満帆に見えたが

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次第に

音楽的志向の違いが浮き彫りになり

キャリア上の衝突が

結婚生活に影を落としはじめ…

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そうして2人は別々の道を歩み

やがてフランシーヌは

大スターへと駆け上がっていく…

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当時35歳のスコセッシが

『タクシードライバー』(1976)と

『レイジング・ブル』(1980)の間に撮った

異色のミュージカルです

…が

本作の出来栄えは

なんとも

一貫性がないといいますか

だいぶ絞り込んだとはいえ

詰め込んだ感満載の長尺で

まあはっきり言って

バランスが悪いですね

しかし

…なんですよ

スコセッシが本作で試みたことは

特筆に値します

それは

古き良きハリウッドの

伝統的なジャンルである

夢の体現としてのミュージカル映画の

予定調和な体裁、形式を

徹底的に踏襲しながらも

そこに

リアルな感情を浮き彫りにさせる

赤裸々なドラマを持ち込み

この両極を

融合させようという戦略

いわば

ハリウッド式の

華やかで人工的なセットと

即興による火花散らす演技合戦の

この相容れない要素の

化学反応を狙った演出です

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果たして

この試みが

功を奏したのかといえば

正直わかりません

しかし

『タクシードライバー』で気を吐いた

当時キレッキレの若きクリエイター

スコセッシの鋭い感性

デ・ニーロとのコラボで生み出され

ライザ・ミネリも巻き込んだ

即興演技の数々には

もうひとえに脱帽ですね

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よくよく

夢のようなミュージカルと

現実の生々しい息吹との

この衝突は

劇中の

フランシーヌとジミーの

音楽スタイルの違いという形で

象徴的に表されます

楽譜のある歌曲を歌うスタイルのフランシーヌと

黒人音楽の即興的なバップ・ジャズを指向するジミー

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う〜ん

この2人の決定的なミスマッチぶりは

最後まで融解することなく

水と油のまま進行していくのですが

なんといいましょうか

この違和感が呼び水となってか

本作は

スコセッシの映画特有の

負の空気感

張り詰めた緊張感が

全編にわたり蔓延していて

まこと独特のムードを醸成しているのです

何より

ジミーを演じたデ・ニーロの

復員兵という設定ゆえの(⁈)

この偏執狂ぶりです

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一見ロマンチックに演じてはいますが

その実

狂気と紙一重

ジミーのエゴイスティックな性分は

本作のノスタルジックなムードの中において

否応なしに目につきます

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とまあ

総じて本作は

男と女の愛と確執

ミュージカルの形を借りた

剥き出しの痴話喧嘩のお話で

って

それでも

終盤は

歌姫ライザ・ミネリの

圧巻のステージに酔いしれ

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なんだかんだ

テナーサックス奏者を演じたデ・ニーロも

やはり最高で

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そんな光と影

まばゆさと暗さの

埋めようのないギャップが

何と言いましても

この映画の魅力ですかね

まあそれゆえに

一般的には

失敗作という声も聞こえてきますが

しかし

それにもまして

スコセッシの

往年のミュージカルへの

リスペクトを込めた再創造の試みと

溢れんばかりのクリエイター魂には

やはり敬意を表するばかりですね

というわけで

『ニューヨーク・ニューヨーク』

魅惑に満ちた

スコセッシの壮大なる野心作

いやあ

こういう映画

僕は好きですね

今更ながらオススメです

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